36『ミルク』 ガス・ヴァン・サント監督

【スタッフ】
監督:ガス・ヴァン・サントグッドウィルハンティング』『エレファント』
脚本:ダスティン・ランス・ブラック
撮影:ハリス・サヴィデス『小説家を見かけたら』『エレファント』
音楽:ダニーエルフマン『グッドウィルハンティング』『ビック・フィッシュ』
美術:ビル・グルーム『レナードの朝』『プリティリーグ』
編集:エリオット・グレアム『X−MEN2』『スーパーマンリターンズ
衣装:ダニー・クラッカー『トランスアメリカ

【キャスト】
ハーヴェイ・ミルクショーン・ペン『ミステリックリバー』『21グラム』
スコット・スミス:ジェームス・フランコスパイダーマン』『最後の初恋』
グリーヴ・ジョーンズ:エミール・ハーシュ『イントゥー•ザ•ワイルド』
ダン・ホワイト:ジョシュ・ブローリンノーカントリー』『アメリカンギャングスター』
ジャック・リラ:ディエゴ・ルナ『フリーダ』『ミスター・ロンリー
ダニー・コレッタ:ルーカス・グラビール『ハイスクール・ミュージカル

アカデミー主演男優賞・脚本賞受賞作品


あらすじは
1970年。40歳を過ぎた同性愛者のミルクは銀行を辞め、出会った20歳年下の恋人・スコットと第二の人生を探してサンフランシスコに渡る。
同性愛者達が多く住む「カストロ地区」でカメラ店をオープンさせたのをきっかけとして社会から虐げられる同性愛者やマイノリティーの権利の為に行動し
「ストリート・カストロの市長」と呼ばれる様になる。
闘う事に目覚めたミルクは、サンフランシスコ市の市政執行委員の選挙に立候補する。ここから彼の長い長い政治闘争が始まった。
時代は同性愛者を教職から追放する法案・プロポーション6号(提案六号)の提案で全米中が騒然としていた。これが成立すればマイノリティーの権利はなし崩し的に奪われて行くのは明らかだった。弱者の権利保護の為に闘うミルクとその仲間達・・・。



(以降ネタバレを含みます。)
この映画は素晴らしい俳優達の演技に対する、大きなエネルギーを感じさせてくれる。

特に現代を代表する最高のアクター・ショーン・ペンの存在が、作品に限りなく大きな力を与えている。

多くの作品の中で同性愛者を演じることは俳優にとって少なくない。
しかしたいがいが、まさに「神に愛される程の」肉体的に美しい10〜20代である。(アルモドバル監督の『バッドエデュケーション』やウォンカーワイ監督の『ブエノスアイレス』などがそのいい例である。)
この部分から同性愛者は美しい、という概念を持つ人間も少なくない。

今回のミルクはその点からいえば、「美の神からはとうに見放された」40歳の衰えたサラリーマンである。若さはち切れる見取れるような輝きもなければ、
両性具有を兼ね備えた禁断の美しさもない。つまり同性愛にまつわる何の幻想もないのだ。
その意味では「美しくない」男性のベッドシーンなどは観客に苦痛すら与えるかも知れない。

しかしショーンが見せる、愛する人への限りなく優しいまなざしや、天使のようなチャーミングな表情は観客に、男女年齢問わず持っている「愛情の普遍性」を静かに伝えてくれる。
ショーンの役作りはほんとに素晴らしい。
彼の場合、ミルクの「ゲイ」である人間が、公人の前で政治の世界で「男」を演じているというそのスイッチングがスムーズに行われる。
視線、指の仕草、腰の動きなどそれらを見ているだけで、この「怪物」のすごさに圧倒される。彼はこの作品の中で明らかに「ミルク」を生きているのだ。
そのミルクは20歳年下の美しいスコットにいう。
「もうすぐ40歳になる。人に誇れることを何もしていない・・・」
この想いがやがて彼を政治運動へ突き動かしていく。
一見何気ない部分だが、実際にこう思ってから行動するのは並大抵のことではない。特に普通の名もないサラリーマンが40歳を過ぎて決意するのは相当なことである。

スコットとの2人だけの質素ながら甘い贅沢な生活はやがて、弱者の代表となった公人・ミルクの選挙参謀や支持者などのその取り巻き達の活動で奪われて行く。
ミルクは差別されている自分たちの為に闘う。しかしスコットは2人だけの時間が少なくなっていくことに彼との距離を感じる。

この作品は、弱者の為に闘った英雄の話であると同時にまぎれもない愛の物語である。それは「他者の為に必死になればなるほど、自分の目の前にいる愛する人が離れて行く」という、人生の目標に近づけば近づく程孤独になっていくという、「仕事と愛の関係の本質」をついている。

それを描かれるのは、相手役であるジェームス・フランコが伸びやかな演技をしているからだと思う。
年上のおっさん相手に少し戸惑う所から始まって、2人だけでの生活で得られた絶頂の幸せ、それが少しずつ奪われて行き、最後には彼と離れても彼を忘れられず愛情と憎悪が入り交じった気持ちでいる・・・。
この2人の気持ちが融解するシーンには、見ていて心が震えるだろう。

また『into the wild』で主人公クリスを演じその恐ろしい程の才能を一躍世に知らしめたエミール・ハーシュも、元高級娼婦で活動家に転身する役どころで新境地を開拓している。

この映画はホームページなどで書かれている「英雄ミルクの最後の8年間」が主題なのだが、私はその裏に流れている非常に「人臭い」ドラマに心惹かれた。
例えば6号の選挙結果で、生きる為に闘ってきたミルクとその仲間達に訪れた、人生に何度かあるだろう「全身が鳥肌状態になるほどの奇跡的な感動に包まれる他者と時間を共有する幸福な瞬間」のシーンの描写などは、この監督ならではである「人を・人生をいとおしく思う」視線に満ちあふれている。
そんな監督がミルクを描いたからこそ、この映画は人の心を打つのかも知れない。
ミルクはいつも群衆の前でこう言う「やあ諸君。君たちを勧誘したい!」と。
彼の半生は、絶望の暗闇でさまよう多くの若者達に多くの生きる希望を力を与え続けている。

最後に78年に凶器の銃弾に倒れたハーヴェイ・ミルク氏に心よりのご冥福をお祈りします。

【総評】☆23STARS☆ 
脚本★★★★
演出★★★★
役者★★★★★
撮影★★★★
美術★★★
音楽★★★
(各項目5点満点で計30点)
 やっぱり映画が好きです。