35『スラムドッグ$ミリオネア』 ダニー・ボイル監督

【スタッフ】
監督:ダニー・ボイルトレインスポッティング』『ザ・ビーチ
脚本:サイモン・ビューフォイ『フル・モンティ
原作:ヴァカス・スワラップ『ぼくと1ルピーの神様』
音楽:A・R・ラフマーン 『ムトゥー踊るマハラジャ
撮影:アンソニー・ドッド・マントル『センブレーション』『ドッグヴィル
編集:クリス・ディケンズ『チャイルドプレイ/チャッキーの種

【キャスト】
ジャマール:デーブ・パデル『Skins』(テレビドラマ)
ラティカ:フリーダ・ピント
サリーム:マドゥル・ミッタル
ブレーム・クマール:アニル・カプール

アカデミー賞 作品賞・監督賞・脚色賞・撮影賞・編集賞・録音賞・作曲賞・主題歌賞受賞


あらすじは
全インドを熱狂させるテレビ番組「ミリオネア」。
そこに登場したテレフォンオペレーター勤務の青年は
次々と難問に正解していく。
スラム育ちで何の教育もうけていない青年の脅威の正答率の秘密とは!?
そして彼は全問正解で、ミリオネアになれるのか?



(以降ネタバレを含みます。)
90年代青春映画の傑作「トレインスポッティング」のダニーボイル監督の新作。
この映画はスラム育ちの青年が唯一の肉親である兄との血の闘いの中で
「最愛の人」を探し求めてインドを全力で疾走する長い旅の物語であると思う。
長年同じ人を一途に想ったことがある人ならば、主人公ジャマールに感情移入できると思う。
この作品、とにかく撮影・美術が素晴らしい。
インドに行った人なら分かると思うが、乾いた大地、灼熱の太陽、立ち込める人の熱気、カオスのように溢れる鮮やかな色彩、途切れることのない町の雑音がこの映画で素晴らしくよく描かれている。
そもそもダニーボイルはこれらの風景に惹かれてこの映画を作ったのでは・・と思わせる程の愛を感じる丁寧で力を入れた出来だ。
例えば前半のスラムを疾走するシーンなどは、ローアングル、手持ちカメラで撮影したひどく短いカットを多く繋ぎながら(あのカットとカットの間は相当ジャンピングしている筈)、スラムに生きる人々の息吹や臭いまでも伝わってくるような作りになっている。
そして時として、ロングショットを入れて、世界の中のこんな小さな部分での営みであり、彼らだけがそうではないを気づかせてくれる。
そのあたりのセンスはやはり一級品である。
しかし、見る観客もスラムの現実から無害ではいられない。
飲食店で空いたペットボトルに水道水を入れて、接着剤で蓋を止めたり、実は組織化され計画的に眼帯をしたり、わざと失明して同情を誘う物乞い達。そして観光地タージマハルで、アメリカ人のガイドをしている間にその客の車を仲間に襲わせ、それを知った警官が青年を打った時に「これがインドの現実なんです」と何食わぬ顔で同情票を求める迫真の演技。それに対し従僕に「次は本当のアメリカを教えてあげるわ」といい放ち、子供に金を渡すアメリカン人夫婦の描写は決して人ごとではない、と観客に思わせる。世界の構図を見ようとしない人々と、その過酷な構図を分かった上で懸命に生きる子供達。どちらが賢いののかは一目瞭然である。(特に金ばらまきの日本人旅行者も同様である。)
宗教紛争、経済格差、人身売買などスラム社会の闇の部分を、決して目をそらさず描ききているからこそ生まれるリアリティがある。
この作品、加えて構成力も見事である。
時間軸をばらして、過去と現在を織り交ぜながら展開させることによって、「多くの?」が少しづつ解けて行くので、観客はまったく飽きる事なく最後まで疾走感を味わうことが出来る。エンドロールにはマサラダンスがちゃんとついているあたりは、「芸が細かい」の一言に尽きる。

キャストもいい演技を見せている。
スラム育ちにも関わらずお金ではなく、ただただラティカを想い探し求める青年ジャマールを演じたデーブ・パテルは、その現実感のない愛に一途な感性を線の細い肉体と、左右がアンバランスでどことなく不安定な瞳で表現しきっている。
対して、金と欲と暴力に溺れて生きるという、対極な兄像サリームを演じたマドゥル・ミッタル。その服装の外し具合やサングラス、そして攻撃的なオーラはそれらを容易に想像させる。

ちなみにまさに「悪の化身」のようなこの兄が、弟の不屈の闘志に感化されて己の罪を滅ぼすくだりは、敢えて兄の心理の変化を説明せずに、兄の行動だけで表現しきっている。そこにフラッシュバックして挿入されるミリオネアで最後の質問に答えようとする弟の姿。
このあたりの演出、演技は本編の中で群を抜いて素晴らしい。まるで神話を見ているようだ。

しかしながら、金こそが幸せの象徴であるごとき悪質な番組「ミリオネア」の存在を完全に肯定しながら、進んで行く展開は私には同意できない。
提示された問題は何も解決していないような気がする。
金持ちヤクザにとらわれの身になっているラティカの元にジャマールが忍び込んだ時のこと。「逃げよう」という彼に。「逃げてどうするの?私達には何もないのよ」と彼女。そこで彼は言った。「愛がある」と。

物語は現実を変える力がある。私はそう信じている。しかし、変えなければいけない現実を肯定した上で作られた物語は、すでに夢を見る力を失っているのではないだろうか。

おそらく見終わった後に心に残った「しこり」は、こういうことだったのではないかと思う。



【総評】☆26STARS☆ 
脚本★★★★
演出★★★★
役者★★★★
撮影★★★★★
美術★★★★
音楽★★★★★
(各項目5点満点で計30点)
 やっぱり映画が好きです。