3『Into the wild』ショーン ペン監督

【スタッフ】
原作:ジョン・クラカワー『荒野へ』
監督・脚本:ショーン・ペンインディアン・ランナー』『11’90’’01/セプテンバー・11』
撮影:エリック・ゴーディエ『愛する者よ、列車に乗れ』『モーターサイクル・ダイアリーズ
音楽・歌曲:エディ・ヴェダー
編集:ジェイ・キャシディーA.C.E『インディアン・ランナー』『不都合な真実
美術:ドメニク・シルベストリ『アルマゲドン』『ファイト・クラブ

【キャスト】
クリストファー・マッカンドレス:エミール・ハーシュ『卒業の朝』『Alpha Dog』
ジャン・バレス:キャサリン・キーナー『マルコビッチの穴』『アダプテーション
トレイシー:クリステン・スチュワート『パニックルーム』『ジャンパー』
ヴァンス・ボーン:ウェイン・ウェスターバーグ『サイコ』『ザ・セル
ビリーマッカンドレス:マーシャ・ゲイ・ハーデン『ミスト』『ミステリックリバー』
ロン・フランツ:ハルホルブルック『ダーティーハリー2』『ザ・ファーム』
カーリン・マッカンドレス:ジェナ・マローン『コンタクト』『ドニー・ダーコ
ウォルト・マッカンドレス:ウィリム・ハート『スモーク』『バンテージ・ポイント

【感想】
これほどまで魂が激しく揺さぶられ、胸がどこまでも熱くなる映画に出会ったのは久しぶりだ。
まさに「傑作」と呼ぶにふさわしい作品。

あらすじは
裕福な家庭に育ち、大学の成績もトップクラスで輝ける将来を約束されていた
青年クリスは、温めていた「己を捨て真の自分を探す」旅にでる。
金を捨て、地位を捨て、名前すらも捨てさり、アメリカ、メキシコ、アラスカと
自分と絶えず向き合いながら旅を続けて行く中で、多くの出会いと別れが旅路を彩っていく。
アメリカ、メキシコと大陸を縦断した2年に渡る旅路は、
いよいよ最終目的地アラスカ(into the wild)へ。
誰にも頼らずに狩猟採取の生活を続けながら、青年は「己との闘い」に勝利する。
生きて行く上での「真理」つまり「幸福」が何であるかを悟った青年を
最後に待ち構えていた運命とは。
http://intothewild.jp/top.html

〈以下ネタバレ内容を含みます)
言うまでもなくこの映画は「再生」の物語である。
それはいつの時代も青年が通らなければならない「通過儀礼としての旅」であり
今作において具体的には「権力者の象徴である父親との闘争劇」を
色濃く持ち合わせた壮大な叙事詩もである。

すべてを捨て荒野に狩猟採取の生活を求めるクリスの行為は、
良識ある大人から見れば確かに危険・無謀・愚かである。
しかしながら、何かを強く希求し旅に出る青年の熱い思いを誰が止められるだろう。
それが若さであり青年である所以なのだ。
もっとも管理社会に慣らされて安全な橋ばかり渡る事しか出来なくなった
日本の多くの坊ちゃん嬢ちゃんには、その情熱すら持つのが難しいのではとも思う。

青年の旅は体に流れる煮えくる赤い液体によって、
肉体的精神的にもより無謀になり危険になってくる。
際どい境界線にいるからこそ、彼が口にする言葉
「愛よりも金銭よりも信心よりも名声や公平さよりも真理を与えてくれ(ソローの引用)」
「どうしてみんな真似ばかりするのか!」
「キャリアなんて20世紀の遺産だよ」
「人間関係以外にも大切なことは沢山ある」等々は
詩的でありながら、研ぎすまされた鋭いナイフのように無駄がなく美しいのだ。

青年はそのような環境に身を置く事によって今まで見えなかった「真理」を見つけようとする。
だから彼らの旅の背後には絶えず「死の陰」がつきまとうのだ。
本作でも「この陰」が最後に青年を深く包みこんでしまう。


監督ショーン・ペンはこの「あやうい青年の旅の本質」をよく描いている。素晴らしい。
そんな今作における彼の監督としての力量は見事である。
プロローグの後に旅の物語を4章構成で組み立てて、
焦らず徐々に青年クリスの内面(両親との関係)へと入り込んで行く作業を繰り返す。
一般的には「回想シーン」で過去は説明されてしまうものだが、
ショーンは青年が抱える心の闇を角度を変えて繰り返し扱うことによって、
この「問題の本質」つまりクリスが旅に出た真の目的とは何か?を観客の前に暴こうとして行くのだ。

同時に全編を通じた撮影・編集を通して、映像で変化する青年の心情を表現することに成功してる。
例えば前半の海のシーン。
私はあれ程美しく生きている海を映画で見たことがない。
水撮を交えながら海が持つおおらかさ、力強さ、そしてすべてを許す無邪気さを、
あの海のシーンは持っている。
これがあったからこそ、本編に登場する悩みを抱えていたヒッピーの女性は救われたのだ、と観客に諭してくれる。

また繋いでいるカットの長さも絶妙。
例えば、第一章が始まる時のブリッジを車が走り抜ける俯瞰のカットは、
その先に未来が溢れるようなロングカット。
同じ移動でも4章のアラスカへ向かう所では車内からの主観カットを短く多用して、
物語が終わりに向かって行くような印象を与えたりする。

俳優陣も素晴らしいの一言に尽きる。
例えば、トレーニング筋肉隆々状態から、全裸、究極は飢えで骨皮状態まであるという
主人公クリスを演じたエミール・ハーシュ(23歳!)からは、
その肉体の変貌ぶりからもいい作品を作りたいという強い意志を感じた。
日本では昨今「イケメン」という言葉が不毛に連呼されているが、
これだけストイックに役作りが出来る若手俳優が何人果たしているのだろう。

…と本当にこの映画の魅力を語れば語るほど文章が長くなってしまう。

最後にこの話は実話を元にしたものであるが、
この青年クリスが己のすべてをかけて旅をしたからこそ、
彼の残した軌跡をショーン・ペンが多大なる情熱でこの映画を作った。
それを今、日本で見て心が震えた私がここにいる・・・

映画館を出た後に見上げた空は、
青く青く、どこまでも高く高く、無限に続いているようだった。
青空の自由な笑顔に心奪われた瞬間、
一羽の鳥が大きな翼をはためかせグングンと飛んで行った・・・


【採点 各項目5点満点】

脚本5 演出5 役者5 撮影5 美術3 音楽4

計27/30点

「映画が好きです。」

これはもう一度観に行きます。