40『ハートブレイク・リッジ』 クリントイーストウッド監督

【スタッフ】
クリント・イーストウッド:『硫黄島からの手紙』『チェンジリング
脚本:ジェームズ・カラバトソス『ハンバーガー・ヒル
撮影:ジャックNグリーン『バード』『40歳の童貞男』
音楽:レニー・ニーハウス『バード』『パーフェクトワールド
美術:エドワード・C・カーファグノ『ベン・ハー』『バード』
編集:ジョエル・コックス『ミステリック・リバー』『ミリオンダラー・ベイビー

【キャスト】
ハイウェイ軍曹: クリント・イーストウッド『ダーティー・ハリー』『バード』
アギー: マーシャ・メイソン『ニック・オブ・タイム』『アイ・ラブ・トラブル』
パワーズ少佐 :エヴァレット・マクギル『ストレイト・ストーリー』『暴走特急
スティッチ・ジョーンズ : マリオ・ヴァン・ピーブルズ『パンサー』『ALIアリ』
リトル・マリー : アイリーン・ヘッカート『ファースト・ワイフ・クラブ』
ロイ・ジェニング : ボー・スヴェンソン『スピード2』『キル・ビル
リング中尉 :ボイド・ゲインズ『ファニー・ゲーム USA』
チューン中将:アーレン・ディーン・スナイダ―『さよならジョージア

1986年 アメリカ作品

【あらすじ】
朝鮮、ベトナム、ドミニカで華々しい戦果を収めた男ハイウェイはその人生を海兵隊に捧げ、それを誇りに生きてきた。しかし平和な世の中では息苦しく、そのストレスから暴力沙汰を起こしては社会のお荷物的という、アメリカ社会では典型的な「元海兵隊のハサウェイ」となってしまった。
もうすぐ定年という年を迎え、再入隊を決意した彼は彼は自分が育った第二海兵隊偵察小隊に配属される。軍服姿の胸に数多くの勲章が輝くハサウェイを快く思わない大卒で実戦経験のない若いハワーズ小佐と戦術セミナー通いに熱心なリング中尉に不満を感じながら、同期で数々の戦場を共にしたチューン、そして離婚した妻・アギーとも再開する。

そして下士官としての配属先であるかつての誇り高き小隊は、ストリートギャングやマイノリティ達など社会の底辺にいる若者達の「つなぎ」の就職の場と化し、堕落していた。
若い彼らに海兵隊の規律とモラルを吹き込み、「真の兵隊」を作ろうとするハサウェイ。
そんな時代遅れの老人を冷やかに見、「戦争ごっこ」に飽き飽きし脱走すら考えるスティッチなどの部下達。

残り少ない現役生活の中で、上官や部下に真の海兵隊を伝えようとし、同時に失った妻との関係修繕に努めようとするハサウェイ。
そしてついに第二部隊が実戦投入される時がやってきた・・・。



【以降ネタバレを含みます】

この映画は「男という性を生きる者の人生の引き際と幸せの姿」を深く描いている。

イーストウッドが主題に選んだのは合衆国海兵隊−U.S.Marine Corps−である。
我々にはピンとこないが、アメリカ社会における同軍の存在はひと際異彩を放っている。
―入営者の個人性を徹底的に否定し、団体の一員として活動し、命令に対する即座の服従を叩き込まれる4軍の中でも最も訓練期間が長く、苛烈な練兵を行う。練兵訓練を修了した者のみが「海兵」と名乗ることを許される。−
http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリ海兵隊より引用
それほどに過酷な訓練から海兵隊魂を植え付けられ少数精鋭で万能無敵、有事には絶えず前線に立ち勇者であることが求められる。それ故に彼らは非常に誇り高く、勇猛な海兵隊という扱いをされる。
実際に朝鮮戦争ベトナム戦争などでは縦横無尽の活躍をしたという。

その反動から平和時には無様の長物と化し、「すぐに暴力をふるう」「普通の社会生活ができないならず者」という目で社会から扱われる。
本編中でも「海兵隊は屑ばかりだ」「頭脳が筋肉でできている」などハイウェイが誹謗中傷を受けるシーンも何度かある。
戦時には大変重宝がられるが、それが過ぎれば厄介者される辺りは、かつて日本に存在していた誇り高く名誉を重んじる武士や用心棒と相通ずるものがある。
商人や農民からすればまさに目の上のたんこぶというところだ。

1980年代有事はほとんどなく、彼らの活躍の場はほとんどなかった。
軍隊自体もその色合いを変え、士官学校を出た戦争経験のないエリート士官候補生の元、実践には程遠い「お遊び」の訓練ばかりが横行する。
若い兵士たちには海兵隊という誇りやプライドなどなく、兵役期間を無事に過ごすことだけを願っている。
それは少数精鋭で誇りある海兵隊も同様であった。

そんな中でハイウェイの生き方は軍隊の中でも浮いている。
その経験から物事を語るハイウェイは若い上官に「命令を無視する救いのない、身勝手なボケ老人が」と不当に罵られ、部下からはまさに戦時中の「化石」のような扱いを周りから受ける。

正しい、間違っているの判断は難しいが、アメリカという国家は他国との多くの戦争を経てパクス=アメリカーナを築いてきたことは疑いがない。
その中でハイウェイのような男達が、家庭や家族、などすべてを犠牲にして己の命までもかけて国の為に戦ってきた事実がある。
しかしながら平和が当たり前の時代になると、ハイウェイのような男達は社会や軍隊からも邪魔者扱いされてしまう。輝かしい戦歴も何の役にも立たず家庭もなく帰る場所すらない・・・

何故愛する妻を失ってしまったのか・・・
今でも愛している彼女となんとかよりも戻そうと、柄にもなく男性誌を読み漁り女心を理解しようとする。
しかし、どうしてこういう結果になってしまったのか彼にはわからない。

自身の人生を振り返ってハイウェイは元妻に問いかける。
「教えてくれ。俺達の付き合いに何も意味はなかったのだろうか?」
「最近、昔のことを考えるんだ・・・どこが悪かったんだろう?俺や仕事やもろもろのこと・・・」

「私はあなたの部下じゃない」「戦争しか脳のない万年軍曹が!」
とひたすら彼を罵倒し続ける彼女は、ハイウェイの心情の変化に気づき、次第に彼にその心中を語る。
「静寂に包まれたひつぎが帰って来る度に私がどういう気持ちだったか、分かる?」
「68年の時、(彼が出征している中)ほとんど眠ることができなかった・・・」
ここでハイウェイは初めて彼女の苦しみに気づく。
「銃で撃たれることよりも辛いことが女にはあったんだ・・・」と。

一方仕事では与えられた最弱小隊を鍛え直し海兵隊の魂を部下に吹き込んでいく様子は
ただの軍隊経験や知識、戦場での生き残るすべだけでなく、己がその人生から学んだすべてを、次の世代に伝えようとしているように見える。
その姿は、血を流して語ることの出来なくなった現代の父親に代わる、まさに背中で語れるほど成熟した立派な男である。
やがて、ハイウェイのDNAはしっかりと若者に引き継がれていく。
グラナダの激戦の後、海兵隊として立派に成長した若者達を眺めながら、一人旨そうに葉巻を吸うハイウェイの顔は、穏やかな満足感で満ち溢れている。

尊いモノの為に命を懸けて戦ってきた男達。
イーストウッドは、その生き様の果てに残った光と影の部分を静かに丁寧に描きながら
戦い終え剣を置いた老兵達が向かう幸せへの道しるべを穏やかに示している。

良作である。
【総評】☆19STARS☆ 
脚本★★★★
演出★★★
役者★★★
撮影★★★
美術★★★
音楽★★★
(各項目5点満点で計30点)
 やっぱり、映画が好きです。